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矛盾の矛盾しない話

矛盾する事柄に出会うことはよくあることだ。
ただし、安易に矛盾を突くマネをするならやめた方がよさそうだ。
「あげあしを取る」という言葉もあるように
その指摘が逆にヒンシュクを買うこともあるのだ。

確かに矛盾しているのに、なぜダメかって?
あなたの感じた矛盾は一方で正しく一方で間違っているからだ。
矛盾が矛盾しなくなる、矛盾の矛盾しない話

そもそもこの記事を書こうと思ったのは
寝耳に水さんのこんな記事を見かけたから

・矛盾について
先日、会社の先輩と話していて「会社はこうこう言っているが、実際には会社がやっているのはこういうことである。私はこの会社の矛盾を是正しなけれなならない」と言った。
すると、その先輩は「おまえは、矛盾を容認するってことができないの」とサラッと返した。

先輩がどの程度掘り下げてこのように発言したかは定かではないが、この言葉には頭をハンマーでガツンと叩かれたような衝撃を受けた。自分はどうして矛盾を是正しなければならないと確信しているのだろうか。そのことはかつて自分の中での長い長い思弁の中でいったんは結論としてでていたことのように思えるが、瞬時にその思考の過程が思い返せない時点で、自分の考えが硬直してしまっていたことを認めざるをえない。

それにしても、矛盾を容認するとはどのような態度なのだろうか。
ちょっと考えてみたけれどさっぱり見当がつかない。

戦隊物に関する一考察/矛盾について


>それにしても、矛盾を容認するとはどのような態度なのだろうか。
>ちょっと考えてみたけれどさっぱり見当がつかない。


この気持ちを整理できない場合、
それは自分の視野の狭さを知らないためかもしれない。
視野は広い方がいいが今は狭いことではなく
狭さを知らないことに問題がある。
・・・と言ってもただ意識していないだけだ。

具体的な話の前に
とりあえず矛盾の由来の話を引用しておこう。(知ってれば飛ばしてOK)
矛盾の由来

『 韓非子 ( かんびし ) 』の難勢編にある話。
盾 ( たて ) と 矛 ( ほこ ) (両刃の剣に長い柄を付けた武器)を売っている武器商人がいました。道行く人々に大声を張り上げ、客引きに余念がありません。左手に盾を持ち、そのすばらしさを誉めて言うには、
「この盾の堅いことといったら天下一です。どんな鋭い矛で突いたとしても、とても突き通せるものじゃありませんよ。」
今度は、かたわらにある矛を右手に掲げて、これを誉めて言うには、
「この矛の鋭いことといったら他に類を見ません。どんな盾でも一突きで突き破ってしまうでしょう。」
  彼は、得意満面で売り口上を続けていましたが、それをじっと見ていた男が、
「ならば、お前さんの右手に持った矛で、左手に持っている盾を突いたら、いったい、どっちがどうなるんだい?」
武器商人は、立ちつくすばかりで答えることができませんでした。

http://www.d2.dion.ne.jp/~nob_o/kotowaza/m_muzyun.html


どんな盾も突き通す矛 と どんな矛も防ぐ盾 が同時に存在することはありえない。
だから商人のいう話は矛盾しているという話。

現代風に話すなら
「日本一のラーメン店」は本当に日本一なのか?の様な話になるか。

この逸話に視野の狭さを当てはめるなら、
「商売稼業であること」を考慮していない事が視野の狭さだろう。
商売文句ってことぐらい誰だって知ってるさ。と思うかな?
ならどうしてその事も一緒にして考えないのか。 (あなたの日常の話)
矛盾を感じることはいいことではない。
だから矛盾しないように考えるべきだと思う。

「ウチのラーメンは日本一」が矛盾を感じないように
矛盾の話も本当は矛盾していないのではないかな?

知らないことがあれば「知らないってこと」も
考える時は全ての知識を考慮する。
考えないなら「考えてないってこと」を考慮すればいい。
もし無視するなら無知な人間と等しい。周りの人間から見ればそうだろう。

「矛盾を容認する」を私なりに言うなら
視野の狭さや、自分の無知さから矛盾が生まれることを知ることじゃないかと思う。
人によって見方が違うことも考えるなら
人の「矛盾を感じるような意見」も受け入れられる

自分の矛盾を感じた気持ちは正しいし大事だ。
しかし、自分の知らないものの見方を認めるなら
視野の狭さを知り、視野を広くできたなら
矛盾は矛盾しない


関連
ぎッちゃんブログ - 12の感情

テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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矛盾と感情

はじめまして、
ぎッちゃんと申します o┐ペコリ

中学の時に教科書で、
ここで紹介されてる"矛盾の由来"の話が出てきて、
その時の"矛盾"との出会いは、
私の中で衝撃的だったように思います。

私は、今でも、"矛盾"とは向き合っているように思います。

矛盾と感情の関係を考えてみると良いように思います。
私の中の感情について考えた内容は以下です。

 http://gichan.blog75.fc2.com/blog-entry-371.html

ぎッちゃん さん

最近「矛盾」を勉強したんですね
きっとこれから矛盾を感じるものにたくさん出会うと思うので
「世の中矛盾だらけだ」と思った時には
もう一度読んでもらえるといいかもなぁ

矛盾について

>最近「矛盾」を勉強したんですね

 →誤解があるようなので、
  一応、伝えておきます。
  私の人生で、"矛盾"はとても重要なもので、
  「世の中矛盾だらけ」は かなり前から、
  思ってるように思います。

ぎッちゃんさんへ

すいませんでした
不愉快なことを書いてしまいましたね
仰る通り誤解をしていました。ごめんなさい。

矛盾と感情については私には結び付け方が
わかりませんでした。
ただ、いろいろな考え方があるのだなと感じています。

No title

「どちらも商売文句であるとわかっていれば矛盾しない」というのは反論として成り立っていない。それは、私が思弁すれどもその内容を見い出せずにいる矛盾の”許容”ではなく、よくある世俗的な矛盾の”放置”あるいは”逃避”であり、むしろ”拒絶”ともいえる。事態に対するなんらの掘り下げもできていない。矛盾に対する態度としてはもっとも浅はかで、このようなブログを書いて他者への教化を試みている人間としては極めて稚拙な態度ではなかろうか。どうしてそのような人間が現実と理論の狭間で葛藤する人間を「了見が狭い」などと切って捨てることができようか。

寝耳に水さんへ

許容なのか放置、逃避、拒絶かどうかは
あなたの主観的な気持ちの問題ですよね?
どう許容するかはその人次第で違うでしょう。
私は答えを提示したつもりはなくて、考え方を伝えたかった。

「見方が狭い」は見捨てるような言葉のつもりはありませんよ。
記事にもあるように「視野の狭さを知らない」ことについてです。
それは悪い意味だけではないです。誰もが通る道ですから。

私は本当に見方の狭い人間ですが自覚はしていますよ。
自覚することで「感じた矛盾」が解消することがありましたから
あなたにそれを指摘してみたのですよ。

No title

はじめまして。ブログにコメントありがとうございます。

一見矛盾しているように見えることが、視野を変えることで矛盾していないように見えることがあり得るという主張には賛成です。

この場合、記事にある通り、例えば「"どんな盾も突き通す"、というのは、"物凄く鋭く強い"程度の意味だ」という但し書きによって矛盾を解消することができます。
しかしそうすると、商人は言葉の定義を曖昧にしたことで、「捉え方によっては矛盾する」という事態を招いたことになります。
それを「視野が狭いから矛盾しているように見えるんだ」と言うことは可能です。同時にその見方は、矛盾を感じる”狭い”視野と、形式的に何も変わらないと思います。

私の個人的な思いとしては、寝耳に水さんの言うように「”放置”あるいは”逃避”であり、むしろ”拒絶”ともいえる」に賛成ですが、「捉え方によっては矛盾する」ことをひっくるめても「構わない」とする見方が存在できる以上、それを否定することは私にはできません。

この商人は、矛盾を感じさせ得る売り文句によって(客を騙すことによって)発生するリスクよりも、”どんな盾も突き通す”という”言葉のスゴさ”によるメリットの方を重視したのでしょう。その姿勢は否定することはできませんが、非難されるいわれは、いくらでもあります。

>寝耳に水さん
コメントを引用させていただきましたが、もし寝耳に水さんが意図した意味と違う意味で私が使用してしまっていたとしたら、申し訳ないです。

シーヴォさん

>”狭い”視野と、形式的に何も変わらない
見方が変わっただけ、との指摘と受け取ります。
一つの見方に注目するならそうでしょうね。
無数に存在する物の見方に注目してほしかった。

"許容"や"放置"等をまとめて消極的解決とでも呼びましょうか。
状況そのものは変えられないという意味で消極的解決です。自己満足といってもいいか。
同じ消極的解決の中でなぜ受け取り方が変わるのでしょう?

もしかしてまだ解決できると思ってませんか?(積極的なやり方で)
どうしても解決できないこともあります。
もしかしてまだ見えない未来まで見据えようとしてませんか?
未来永劫あきらめろ、とは違います。でも今解決できならそれは認めるべきかと。

ポジティブかネガティブか受け取り方の違いだと思うんですけどねぇ。
許容、放置、逃避、拒絶、やる事は同じですよ。どうしようもない状況なんだから。

No title

多分、かみ合っていないように思います。
私は解決できるとは思っていませんし、未来という発想もありません。
受け取り方の違いだと言う指摘にも、全面的に賛成です。

>見方が変わっただけ、との指摘と受け取ります。

その解釈で間違いありません。

>一つの見方に注目するならそうでしょうね。
>無数に存在する物の見方に注目してほしかった。

矛盾を起こす考え方・起こさない考え方の1組を、例として挙げたつもりだったので、
他にどんなものの見方を提示されても、「その見方も尤もである」と言うことはできます。
…という言い方では、「無数に存在する物の見方に注目」したことにはなっていないでしょうか。

そして、その無数の見方の中には、"消極的解決"を非難するような見方も存在する、ということを言いたかったのですが……

Re: No title

拾えるところを拾っていけば実のある話になるかと思います
誤解している訳ではないですから大丈夫ですよ

いろんな見方をすれば、ある程度疑念の晴れる見方もあるはずです。
それが見つかった時点で一定の理解が得られた、と思いませんか。

>"消極的解決"を非難
解決手段の模索の話かな。
他に良い手段があるならそうすればいいと思います。が、無いから悩むのだろうと推測しました。
寝耳に水さんの元の話から、消極的解決以外に手が無い状況を想定してます。
他の事象で、最初から私の挙げた考え方をするならネガティブに感じるでしょうね。
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